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大阪高等裁判所 昭和48年(う)666号 判決

主文

原判決中被告人濱野助五郎に関する部分を破棄する。

同被告人を懲役六月に処する。

ただしこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用のうち、〈省略〉。

被告人中村與助の本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人濱野助五郎の弁護人前田知克作成及び被告人両名の弁護人米田軍平、同竹内信一、同水田博敏連名作成の各控訴趣意書記載のとおりであるので、これらを引用する。

弁護人前田知克の控訴趣意について。

論旨一は、原判示第一の公務執行妨害、傷害の事件当時、被告人濱野助五郎は、左手でカバンをさげて吉野生壮の乗つていた平和丸に乗り移つたところ、同人から乱暴されたので防禦のためやむを得ず右手で同人を殴打したものである。として、事実誤認を主張するものである。

しかしながら、記録を精査して検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、事件当日の朝船で坊勢港についた同被告人は、平和丸上で家島漁業協同組合の責任者が立会人として乗船して来るのを待つていた吉野生壮に対し、前日の打合せ会のことや当日の立会人の人数のことなどで非難したすえ、自ら平和丸に乗り移り、やにわに左手で同人の胸ぐらをつかみ右手挙で同人の顔面を殴打したものであることが明らかであり、所論主張のごとく、同人においてまず同被告人に乱暴したことを認めるに足りる証拠はない。同被告人は、原審及び捜査段階で所論主張のごとく供述し、中村又七は原審においてそれにそうかのごとき証言をしているが、前記各証拠に照らし到底信用することができない。論旨は理由がない。

同二の(一)は、従前の吉野生壮の家島漁業協同組合あるいは同被告人に対する態度からすれば、右事件当時、同人において先に手を出したということも充分考えられ、そうすれば正当防衛が成立するのに、一方的に同被告人に罪責を問うことは、疑わしきは被告人の利益にという法理に反する、として、法律の解釈適用の誤りを主張するが、記録によれば、前述のごとく同被告人において一方的に暴行を加えたものであることが明らかであるから、所論は採用できない。

同二の(二)は、右事件当時、同人にまだ公務の執行に着手しておらずまたその直前ともいえないし、さらに同被告人の行為は同人の公務の執行とは無関係にされたもので、同被告人には公務に関係があることの認識もなかつたのに、これに公務執行妨害罪の成立を認めた原判決には法律の解釈適用の誤りがあると主張する。

この点につき原判決は、「吉野生壮は兵庫県技術吏員で同県農林部水産課技師として、漁業調整等の職務を担当していたものであるが、同県家島町における海苔養殖場設置のための区画漁業権設定に関し、その漁場測量を行うため、出発準備を完了して右測量に赴こうとしている際に、被告人濱野助五郎から判示の如き暴行を受けたもの」である旨認定し、「それは職務の執行の準備的段階であるとはいえ、もはや職務の執行に接着した状況にあつたもので、単に職務を執行すべき場所に赴く途中であるというに過ぎないものであるとは解せられず、まさに職務の執行に着手しようとしたときであつて、職務を執行するに当りという場合に該当する」としている。

しかしながら、刑法九五条一項に定める公務執行妨害罪は、公務員によつて行われる公務の公共性にかんがみ、その適正な執行を保護しようとするものであるから、その保護の対象となる職務の執行は具体的、個別的に特定されていることを要求するものと解すべきであり、しかも右条項に「職務ヲ執行スルニ当リ」と限定的に規定されている点からして、公務員が具体的、個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲及びまさに当該の職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離し得ない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為にかぎつて、公務執行妨害罪の保護の対象になるものと解すべきである(最高裁昭和四二年(あ)第二三〇七号同四五年一二月二二日第三小法廷判決・刑集二四巻一三号一八一二頁参照)。

このような見地に立つて本件をみるに、吉野生壮の職務は、兵庫県農林部水産課の技師として、同県飾磨郡家島町における海苔養殖場設置のための区画漁業権設定に関しその漁場測量を行うことであるが、同人の原審証言によれば、その漁場は家島周辺に位置するものであるところ、本件事件当時同人は、坊勢島の漁港内にけい留されていた平和丸船上で同被告人らの属する家島漁業協同組合の責任者が立会人として乗船してくるのを待つていた段階にすぎないのであるから、当時測量器具、海図等の積み込みを終り出発の準備が完了していたとしても、まだ職務の執行中でないことはもとよりまさにこれを開始しようとしている場合とも認められず、この段階における同被告人の暴行は同人の職務の執行に当り加えられたものということはできず、同被告人に公務執行妨害罪の刑責を問うことは許されない。これに反する原判決は法律の解釈適用を誤つたもので判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、公務執行妨害罪の認識等についてのその余の論旨についての判断を待つまでもなく破棄を免れない。論旨は理由がある。

同二の(三)は、同人の従来の権力濫用ともいうべき職務の執行に対し、同被告人が抵抗権の行使として本件行為に及んだものであるから、その違法性は阻却されるべきものであるのに、これを採用しなかつた原判決は法律の解釈適用を誤つたものである旨主張するが、記録を調べても、同人の職務の執行に所論のごとき権力濫用があつたとは認められず、事件前日同人らが家島に赴かなかつたのは時間の不足と交通の便がなかつたからにすぎないのであるから、これによつて同人に原判示のごとき傷害を加えることの違法性を阻却するものではない。論旨は理由がない。〈後略〉

(細江秀雄 西田篤行 近藤和義)

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